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イベント「金沢クラフトビジネス創造機構」

産地のうつわ/出西窯と高浜焼

会場:Cony's Eye[ギャラリーショップ&カフェ]  金沢市武蔵町4-2
会期:2020年04月04日(土)―2020年06月28日(日)
会期中営業時間:11:00 - 18:00
会期中休業日:水曜・木曜(祝日は営業)

内容:
シンプルでどんな料理にも合ううつわも使いやすくていいけれど、 食卓にもう少し彩りがほしいと思う。青物や煮つけを盛り付けるのは、土ものや絵付けのうつわが映えそうな気がする。そんなイメージでお店に行ってみるものの、いつも何も買えずに帰ってきてしまう…。そんな風に迷った時はうつわがつくられた場所を知ってみるのがお勧めです。波佐見、九谷、常滑、越前、美濃、砥部、出西、天草、瀬戸…日本は焼き物の宝庫です。産地によってそれぞれ得意なことが違うから、産地を知ることは、自分の好みを探す手がかりにもなります。高価なものでなくていいし、たくさんなくてもいいから、好きだなと思うものを少しずつ増やしていきたい。「日本のうつわの産地を知る。」第一回目は柳宗理ディレクションの出西窯(島根県)と天草高浜焼/寿芳窯(熊本県)を紹介します。湯呑み・飯椀・角皿・丸鉢・丸皿・ぐい呑み・徳利・醤油差し・土瓶など約15点ほど展示・販売します。ぜひ足をお運びください。なお企画展の商品は、開催期間以外でも取り扱っています。

◎出西窯/しゅっさいがま
昭和37年夏、柳宗理(やなぎそうり)は初めて出雲の国、斐伊川(ひいかわ)の下流畔にある出西窯(しゅっさいがま)を訪れました。その目的は前年に亡くなった父宗悦(そうえつ)の骨壺を製作することでした。以来出西に来るたびに指導を仰いで、縁焼締角皿・丸皿などの意匠を手掛けました。あれから40年、出西窯も当時のメンバーがみな現業を退き若い世代が中心となったことで、さらなる精進にと柳宗理を迎え新たな指導を得て、「柳宗理ディレクション出西窯シリーズ」が生まれました。島根県簸川(ひかわ)郡にある出西窯の無自性の理念のもとにできたシンプルで丈夫かつ健康的なこれら器を日々の暮らしの中でぜひ使ってください。

無自性の理念について
土地と親しみ、そして共に生きる。戦後間もない1947年夏。出西窯を開いたのは、陶芸には全く無縁の20歳前後の若者5人、みな、農家の二男、三男だった。日本民藝運動を起こした思想家・柳宗悦の著書『私の念願』で民藝運動に共鳴、同じ島根県出身の陶芸家・河井寛次郎の助言を受け、日常の食器類を作り始めた。しかし、この道に迷いがなくなったのは、1951年、宗悦本人の来訪を受けてから。以後、陶芸家の浜田庄司や河井寛次郎、バーナード・リーチにも教えを請い、やがて民藝の窯として知られていく。一貫して共同体の形態を取り、製品は無銘。郷土の土を使って、手仕事による実用陶器を作り続けてきた。「世の中はなにもかも“おかげさま”によるもので、自分の手柄などどこにもない」という無自性の理念のもと、悦びも、哀しみも、すべて共同体で共有。その精神を貫く同志は、現在十数人を数え、共同体による器作りを継いでいる。

◎天草・高浜焼
高浜焼は、熊本県下で江戸時代から続く良質な天草陶石を原料とした優雅な磁器です。当時は、染付錦手焼でオランダへも輸出され、細密な山水や人物を描いたものが多く作られました。しかし明治中期に入って次第に衰え、その後昭和27年に再興を企て、現代の生活様式に調和する白く、薄く、透明な高浜焼が生まれました。

■柳宗理/Sori Yanagi(1915.6.29 -2011.12.25) 
1938年東京美術学校洋画科卒業。その後、ル・コルビュジェの協力者であるシャルロット・ペリアンの日本視察に同行し、各地の工芸指導所などを訪れる。1942年板倉準三建築研究所に入所。1952年財団法人柳工業デザイン研究所を設立する。1954年バタフライスツール(天童木工)が発売される。1964年東京オリンピック開催にあたり運搬用聖火コンテナーやトーチホルダーをデザイン。1976年日本民藝館館長に就任。1982年紫授褒章受賞。2002年文化功労者に認定。

【日 程】
4月4日~6月28日

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